萩原の大笠松 ~群馬県高崎市~

 2008年を迎え、何からスタ-トしようかと考えたが、松を選ぶことにした。
群馬県高崎市萩原町は関越自動車道の高崎インタ-から県道27号(高崎駒形線)を東に向かい、利根川に架かる昭和大橋の手前、北側に位置する。昭和大橋への坂道手前に「萩原の大笠松」の位置を示す小さな看板もあるが、見落とすおそれがある。その場合、付近の人に聞けばいい。その存在は付近の人ならば、誰でも知っている。

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 大笠松は八木家(現在の当主は八木亮治氏)の門を入ると、広い前庭を前面覆うように植えられている。中央の主幹の高さ 7 m、幹周り 6 m、周囲の枝張りは東西20 m、南北18 m、周囲は80 m にも及ぶ大きさである。一見したところ、とても一本の木とは思えないような大きさに驚かされる。樹齢440年、県指定の天然記念物である。傍の看板の説明によれば、八木家の祖先、八木源左衛門が前橋城主酒井雅楽頭から鉢植えの黒松を拝領し、自宅の庭に植えたところ、見る間に成長して母屋を圧倒するようになった。そこで、源左衛門は殿様拝領の松であることから切ることができず母屋を後ろにずらしたという。八木家では、これまでに松の成長に伴い、母屋を 3度も後ろへ引き下げたとのことであり、八木家がいかに大切にしてきたかが分かる。この木は八木氏個人のものであるが、少し離れた八幡宮の前に数台分の駐車場も用意されており、松の周囲は見学者用の配慮もなされている。なお、この大笠松は『巨樹・巨木』(渡辺典博)によれば、マツの全国ランキング第 5位とのことである。

高崎市の市街地は上越本線・信越本線の西側、烏川と碓氷川の合流点付近の高崎城址周辺に発展しており、両河川の西岸には十一面観世音菩薩を本尊とし、開運だるま大師の像を安置する達磨寺、および高崎白衣大観音がある。さらに、市南東部の倉賀野地区には観音山古墳、県立近代美術館、県立歴史博物館など見所が多い。

新潟大学名誉教授 鈴 木 郁 夫
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# by meiboku | 2008-01-18 14:28 | 萩原の大笠松  

新刊本:『新潟もの知り地理ブック』

この「イクちゃんの名木便り」を執筆してくださっている鈴木郁夫氏が
赤羽氏や新潟もの知り地理ブック編集委員会の皆さんと一緒に
新しい本を出しました。

「出かけよう新潟県の謎解きの旅へ」と帯にあるように、
新潟県の姿について、詳しく書かれています。

皆さん、ぜひ、お手にとってご覧下さい。

『新潟もの知り地理ブック』
監修:鈴木郁夫 赤羽孝之
編著:新潟もの知り地理ブック編集委員会

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# by meiboku | 2008-01-08 17:31  

囀石(しやべりいし)のモミ ~群馬県中之条町~

 群馬県北部の中之条盆地にはいろいろな樹種の巨木が残されており、「巨木の郷」の呼称すらある。盆地の中心に位置する中之条町は、吾妻川が形成したおよそ7段に区分される河成段丘面のうち下位の段丘面に市街地が展開している。このような河成段丘面の形成は、上流に位置する草津白根山、浅間山だけでなく、盆地南部に位置する榛名山などの火山活動が関わってきた。最高位の蓑原面(標高560~600 m)は中期更新世に存在した古中之条湖に堆積した湖成層(厚さ 200 m 以上)から形成されている。その年代は、長野県境に位置する四阿火山(2354 m)噴出した火山灰を手がかりとして、約30万年前と推定されている。その後、吾妻川が侵食しながら河床を低下させ、数段の河成段丘を造りあげた。中之条町の中心市街地が位置する段丘面は、浅間火山に由来する噴出物との関係から約2万年前以降に形成されたことが分かっている。

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 この中之条町市街地から旧新治村へ通ずる県道を自動車で約20分登ると、囀石集落に達する。囀石集落は背後の山地斜面からの崩落物質が堆積することによって形成された緩斜面に数軒の家々が散在する。県道から家々に達する細い道路を登ると一軒の家の前の南向き斜面に堂々としたモミの木がそびえている。所在地は、中之条町大道 246、標高約 790 m である。

 木はあまりに大きく、撮影場所が限られておりむずかしい。看板によると、樹髙37 m 、幹周り7.6 m、推定樹齢800年、町指定の天然記念物であり、このような場所に立派な木が残されたことに感動を覚える。木の根元には、祠が祀られており、幹の裏側(家側)に回ってみると、根元から4~5 m の高さまで空洞になっているが、樹勢に衰えは感じられない。この木は、そばの看板には日本一と記されているが、1991年の環境庁の調査報告書によれば、モミとしては全国第3位にランクされるとのことである。同じ町内の下沢渡にある「伊賀野のモミ」は、樹髙36 m、幹周り6.3 m、樹齢不明で、全国第4位の巨木と言われる。
中之条町の北部には、草津、伊香保と共に上毛三名湯と言われる四万温泉もあるので、名木巡りと一緒に楽しみたい。

新潟大学名誉教授 鈴 木 郁 夫
  
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# by meiboku | 2007-12-21 15:02 | 囀石のモミ  

苦竹(にがたけ)のイチョウ ~宮城県仙台市宮城野区~

 仙台市は「杜の都」と言われるだけあって、旧市街地は街路樹を含めて緑に溢れている。仙台市は第二次世界大戦末期に大規模な空襲を受け、市街地の大半を焼失した。そのために、戦後すぐに城下町時代の町割りを基にした復興計画が立てられ、中心市街地を複数の大通りが東西南北に走るような碁盤目状に都市計画がなされた。昔の武家屋敷には丁を、町屋には町を付して両者を区別したと言われる。中心部の道路名称は、戦後新設されたものを除くと、東一番丁通のように城下町起源の町名に由来するものが多い。

 仙台市は周辺市町村を吸収合併しつつ大きくなり、市制100周年に当たる1989年に政令指定都市に指定され、青葉、宮城野、若林、太白、泉の5行政区を設置する、面積 784 km2、人口103万(2006年)の大都市となった。人口の急激な増加に伴って、旧市街地周辺の丘陵は開発されて大規模な住宅地に変貌し、緑地を著しく減少させた。
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 苦竹のイチョウ(雌株)は仙石線と東北本線(貨物)に挟まれた、国立仙台病院前の道路をはさんだ一角、宮城野区銀杏町 7-36にある。このイチョウはかつて宮城野原と呼ばれていた地域の野守を勤めていた永野家の敷地にあり、横には宮城野八幡神社が祀られている。樹髙32m、幹周り8 m、推定樹齢1200年、国指定の天然記念物である。その巨大さに驚かされるが、現在でも樹勢は旺盛で、沢山の実をつけている。特徴的なことは、古いイチョウに共通するが、枝から垂れ下がった気根の多さであり、最大のものは周囲1.6m、長さが 3 mにもなり、その先端が地面に突き刺さって支柱のようになっている。このような多くの巨大な気根は乳房状に見えることから、古来、「乳イチョウ」、「姥イチョウ」などと呼ばれ、母乳不足の女性たちの信仰を集めたとのことである。イチョウのすぐ横に、仙台市の保存樹に指定された樹齢200年のケヤキの大木も立っている。なお、この付近の地名は苦竹であるが、天然記念物の指定を受けてからそれに因んで銀杏町となった。 宮城野原駅に近い銀杏町付近には、陸上競技場・サッカ-場・自転車競技場・プロ野球「楽天イ-グルス」のホ-ム球場などの運動公園、榴ヶ岡公園もあるが、仙石線沿いには活動度の高い「長町-利府線断層帯」が走っている。
  新潟大学名誉教授 鈴 木 郁 夫
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# by meiboku | 2007-11-19 16:38  

薄根の大クワ ~群馬県沼田市~

 関越自動車道を東京から新潟方面に向かって走ると、沼田インタ-を過ぎてすぐに右側の車窓に飛び込んでくるのが、小さいけれども端整な円錐形をした戸神山(780 m)である。同じ呼称の山は山形盆地の南西方(富神山、402 m)および仙台市太白区(戸神山、504m)にもあり、いずれも展望に優れ、形態的にも非常によく似ている。この戸神山の西麓は、利根川に流入する四釜川が造りあげた河成段丘面で、沼田市町田町字小栗山2083 にあるのが「薄根の大クワ」である。薄根とは、この地域の旧村名、薄根村に由来する。

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昭和30年代前半までは、養蚕業、製糸業などは日本の代表的な産業の一つであった。その養蚕業をリ-ドしてきたのが、群馬県、長野県であることから考えると、群馬県にヤマグワの大木が「養蚕の神」として、近隣の人々から尊崇されてきたというのは頷けることである。樹髙13.7 m、幹周り8 m、枝張りは東西17.3 m、南北16.5 m、推定樹齢1,500 年、国指定の天然記念物で、クワとしては日本三名木の一つとされている。根元付近で大きく2本に分かれているが、現在でも枝葉の成長が認められ、美しい扇形をつくっている。ごつごつした太い幹からは長い期間にわたって成長をとげてきた証が感じられる。樹木近くの看板によれば、貞享3(1686)年、5代将軍徳川綱吉の命によって、高須隼人が沼田藩の検地を行った際、この大クワを検地の標木としたと伝えられているので、この時代から目立った大木であったことになる。

 上越本線沼田駅付近は、最近こそ首都圏からの尾瀬(2007. 9. 1、日光国立公園から分離し、尾瀬国立公園となる)への玄関口として賑やかになってきたが、かつては国道17号沿いにいくつかの製材所が見られるにすぎない、とても「市」の駅前とは言えないような寂しさであった。実は駅前から比髙約100 mの急坂(=段丘崖)を登った平坦面(=段丘面)に、立派な市街地が造られている。この広い平坦面の形成は、今から約12万年前ころの赤城火山の活動による火砕流堆積物およびその後の火山麓扇状地の発達によって、利根川が閉塞されて、上流に「古沼田湖」とよぶ大きな水域を出現させたことによる。沼田市街地を造る平坦な台地は、湖に堆積した厚さ60 m を超える地層とそれを覆う火山灰層から成り立っている。

新潟大学名誉教授 鈴 木 郁 夫
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# by meiboku | 2007-10-21 09:08 | 薄根の大クワ  

高熊のサイカチ ~富山市八尾町高熊~

 富山県の9月は、八尾の「おわら風の盆」からはじまる。富山県婦負郡の旧八尾町(現在、富山市に合併)の中心街は、室牧川、野積川が合流して井田川(神通川の支流)となる付近の右岸に位置する。市街地はいくつかの坂に沿って古い家並みを残している。この坂から井田川左岸を見下ろすと、八尾温泉おわら観光リゾ-トホテルの南側に大きな木が立っているのがわかる。

 大木はサイカチで、高熊集落の鎮守、八坂神社の社叢として自生したとされているが、その後、神社との間に小道が造られたので分断された。樹髙16 m、幹周り4 m、推定樹齢400年、富山県指定の天然記念物である。3 株が寄り添うように生育し、株の根元に大きな空洞や腐食している部分がみられるものの樹勢は良好で、大きく枝をひろげている。主幹は井田川沿いの道路側に少し傾いているので、倒れることがないように数本の支枝に添え木が立てられている。

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 八尾は、浄土真宗本願寺派聞名寺が天文年間(1532~55)にこの地に坊を移してから、門前町として発展、さらに南側の背後の山村との交易、富山の売薬の包み紙としての和紙製造などで繁栄した。現在では、石垣、坂道沿いの町並みを残し、そこで行われる「風の盆」はあまりにも有名である。8月20~30日の前夜祭を経て、9月1~3日に二百十日の風無きを祈り豊穣を願う行事「風の盆」は、民謡『越中おわら節』にのって、おわら踊りの町流しが行われる。「風の盆」の起源は、文献などでもはっきりしないが300年の歴史があると言われ、哀調の中に優雅さを持つ詩的な唄と踊りである。この行事は、高橋 治『風の盆恋歌』(1985)によって一躍有名となり、全国区の大イベントとなった。さらに、5月5日に行われる八幡社例祭としての曳山祭は、寛保年間(1741~44)に始まったと言われ、絢爛豪華な曳山は往時に栄えた八尾町人の心意気を現在に伝えてくれる。観光客が集まる曳山祭や「風の盆」のときだけでなく、静かな八尾の坂道をゆっくり歩くのも、それなりにいいものである。富山平野縁辺の旧市町村、上市、立山、八尾、庄川、井波、城端、福光は、それぞれ歴史遺産に富む魅力にあふれたところである。


新潟大学名誉教授 鈴 木 郁 夫
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# by meiboku | 2007-09-18 17:00 | 高熊のサイカチ   

 愛染カツラ ~長野県別所温泉~

長野県中央部の北東寄り、千曲川中流に広がる地域は上田盆地と呼ばれる。
千曲川右岸の上田市街地付近は千曲川が造りあげた、数段の高さを異にする段丘地形からなるのに対して、南西部は塩田平と呼ばれる平坦な土地である。塩田平の平坦さは、地下の地質調査によれば、数10万年前と10万年前以降にそれぞれ湖が形成されたときに堆積した粘土層が確認されているので、それ以降に周辺の山地から流れ出す河川によって埋積されたことによる。

別所温泉は夫神岳(1,250 m)および女神岳(927m)の山麓、湯川が塩田平へ流れ出す付近に位置する非常に歴史の古い温泉である。別所温泉を代表する観光スポット、北向観音堂は長野善光寺に対面するように建てられており、古来、南面する善光寺と両方に参詣する必要があると伝えられる。湯川左岸から橋を渡り両側に土産物屋が並ぶ参道を歩き、急な石段を登ると北向観音堂に達する。

愛染カツラは観音堂の境内、愛染明王堂の隣にそびえ、古くから縁結びの霊木として知られている。樹髙 22 m、幹周り5.5 m、樹齢は不明、上田市指定の天然記念物である。カツラの大きなものは根元から分かれることが多いが、この木はそういうことはない。なお、川口松太郎は1935年『鶴八鶴次郎』で第一回直木賞を受賞した数年後に、この木と愛染明王堂にヒントを得て、『愛染桂』を書き、1938年にそれが「愛染かつら」として映画化され、その主題歌と共に大ヒットしたが、それから長い年月が流れた。

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別所温泉には国宝安楽寺八角三重塔、常楽寺(観音堂の本坊)、塩田平には生島足島神社、塩野神社、前山寺、中禅寺、竜光院などがあり、鎌倉時代の文化財が多いことから「信州の鎌倉」と言われる。別所温泉には近代化されたホテルは少なく、木造の旅館が建ち並ぶゆったりとした空間が広がる。別所温泉周辺の山々は、信州一のマツタケの産地でもある。

新潟大学名誉教授 鈴 木 郁 夫
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# by meiboku | 2007-08-24 11:05 | 愛染カツラ  

ケンとメリ-の木 ~北海道美瑛町~

 何でもない木がひょんなことで有名になることがある。

 今回取り上げたケンとメリ-の木は北海道のほぼ中央に位置する美瑛町大久保の大久保農場にあり、昭和47年(1972)に日産スカイラインのCMに登場して一躍知られるようになった。樹種はポプラ、巨木とは必ずしも言えないが、のっぽな木は遠くからもよく見えるので、パッチワ-クの丘のシンボル的存在である。この木は、看板によれば現在の牧場経営者の大久保盛厚氏の祖父、大久保由助氏が大正12年(1923)に植えたとのことである。パッチワ-クの丘というのは、JR美瑛駅の北側に広がる丘の愛称で、美瑛の人々が耕しているジャガイモや麦の畑が描き出す模様に由来し、昭和51年にタバコのセブンスタ-のパッケ-ジに使われたカシワの木(樹齢約70年)、親子の木(カシワ)、わたあめの木(ポプラ)などもあり、マイルドセブンの丘、年間約30種類の花が彩るゼルブの丘などを一巡するようなコ-スが設定されている。最近では、これらの木々の周辺に駐車場、こぢんまりしたカフェ・レストランが建てられ、十勝火山群を背景に魅力ある観光スポットとなっている。

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 美瑛駅から十勝岳にかけての山麓は美瑛の丘と呼ばれ、「絵になる」風景が展開する。この地形は十勝岳の火山活動と関わって造られ、ダイナミックに波打つような丘は雄大である。これらの丘が織りなす風景は、故前田真三氏を筆頭に写真家憧れの地として知られ、現在ではいくつかのギャラリ-が開設されている。なお、三浦綾子の『泥流地帯』、『続泥流地帯』は大正15年に発生した十勝岳の火山泥流をモデルにしたものであり、丘陵を侵食する美瑛川、富良野川沿いに上富良野、中富良野まで流れ下り、144名の犠牲者を出す大惨事となった。富良野盆地はラベンダ-だけでなく、倉本 聰によって描かれた世界も新しい観光資源をつくりだしている。

新潟大学名誉教授 鈴 木 郁 夫
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# by meiboku | 2007-07-20 09:52 | ケンとメリ-の木  

屋久島縄文杉 ~鹿児島県屋久島~

 九州最高峰の宮之浦岳(1935 m)が屋久島にあることは小学生のころから知っていた。
 屋久島は約1400万年前につくられた花崗岩がその後隆起を続け、標高1000 m を超える高峰が30以上も連なり、「海上アルプス」の別称をもつ。海岸の亜熱帯から島のほぼ中央に位置する宮之浦岳付近の亜寒帯の植物まで垂直的な自然景観が豊かに残されていることから、1993年に世界自然遺産に指定された。
 屋久島は俗に1 か月に35日雨が降ると言われ、海岸での年間降水量は約4000 mmにも及ぶ、日本の最多雨地の一つである。

 屋久島の杉は標高500~1500 m に自生しているが、島の人たちは樹齢1000 年を超えるものだけを屋久杉と呼び、それ以下のものは小杉としか呼ばない。三本杉、大王杉、夫婦杉、紀元杉など名称のつけられた屋久杉は多いが、縄文杉がもっともよく知られている。

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 縄文杉は、上屋久町観光協会事務局長であった岩川貞次氏が、「島には大変な長寿杉がある」という言い伝えを頼りに、数年間調査し、1966年に発見した。杉は小杉谷沿いから大株歩道を5~6時間歩いた高塚山(1396 m)の南、標高1300 m にある。樹髙25.3 m、幹周り 16.1 m の巨木で、赤褐色の樹肌はごつごつしたこぶがいくつも盛り上がって波打っており、その存在感に圧倒される。
 縄文杉を有名にしたのは、推定樹齢7200年という年代の古さであるが、年代測定の問題、近くの鬼界カルデラの大噴火(約7300年前)によって屋久島の植物相の大半が壊滅したのではないかなどの疑問も出され、古くても3000~3500 年と推定されている。
 
 宮之浦岳、永田岳などの山頂付近の景観もすばらしいが、鹿児島県の環境文化村構想により、島全体が豊かな自然と共生する地域づくりを進める南の楽園である。 

新潟大学名誉教授 鈴 木 郁 夫
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# by meiboku | 2007-06-19 09:48 | 屋久島縄文杉  

滝桜 ~福島県三春~

『日本百名山』(深田久弥)の未登の山も残り少なくなったので、次は何を目標としようかと考えていたところ、『巨樹・巨木』・『続巨樹・巨木』(渡辺典博、山と渓谷社)を知った。
筆者は、数年前から機会を見つけて、巨樹・巨木巡りを楽しんでいる。
そこで、第一回目として、穏やかな春の日差しを浴びて、喜びを表現するように咲く桜を取り上げることにした。

 福島県三春町滝字桜久保にある滝桜は、岐阜県の「根尾谷の淡墨桜」、山梨県の「山高神代桜」とともに日本三大桜と言われ、淡墨桜に対して東の横綱に位置づけられている。
桜は阿武隈高地から流れ出す大滝根川支流の小さな谷の南東向き斜面にあり、高さ19 m、幹周り9.5 m、枝張りは東西に25 m、南北19 mに及ぶ巨木である。
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樹種はベニシダレザクラで、四方にのびた太い枝から多くの枝が垂れ下がり、小さな薄紅色の花が流れるように無数に咲くところから滝桜と呼ばれる。
推定樹齢1000年、三春藩の「御用木」として保護され、現在は国指定の天然記念物である。
開花時には出店が並び、一本の桜の周辺に数千人の観光客が群がるさまは異様である。
滝桜は保護保存、周辺環境の整備に加えて、開花時の交通渋滞、駐車場の混雑が問題となっている。

滝桜は三春町の最大の観光の目玉であるが、町内には多くの桜の名木があり、郷土玩具三春駒、三春人形も知られ、三春城跡から屈曲した谷底に位置する古くからの町並みをゆっくり散策するのも一興かと思われる。

新潟大学名誉教授 鈴 木 郁 夫
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# by meiboku | 2007-05-23 14:58 | 滝桜