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将軍杉 -新潟県阿賀町-

福島県南西部に発する阿賀川(大川)は、会津盆地北西部で猪苗代湖からの日橋川や尾瀬からの只見川を合流させ、新潟との県境山地を穿入蛇行しながら西流、新潟県に入って阿賀野川と呼称を変える。阿賀野川峡谷の下流に位置する津川盆地から越後平野への出口のほぼ中間、右岸に旧三川村岩谷がある。
 国道49号から坂道を少し登ると南側にやや傾斜する段丘面となり、そこにおよそ30戸からなる岩谷集落がある。集落の最奥部に平等寺が位置し、境内には越後最古の木造建築と伝えられる薬師堂があり、そのすぐ傍に「将軍杉」と呼ばれる巨木が堂々と立っている。幹周りから言えば、屋久島の「縄文杉」にわずかに及ばないが、傍らの看板には日本一の杉とある。主幹は地上 2 m くらいのところから 6 本の大きな幹に分かれ、それぞれが上に向かって元気にのびている。主幹に当たる中心の 1 本は、1961年の第 2 室戸台風によって折れてしまったとかで、そこには小さな祠が被せられている。樹高 38 m、幹周り 16 m、推定樹齢 1,400 年、国指定の天然記念物で、根元を傷めないで樹木を一周できるような歩道橋も整備されている。現在まで、杉は雪深い越後で、風雨に耐えながら生長を立派に続けており、改めて生命力の強さに感動を憶える。
 ところで、「将軍杉」の名称のもととなった将軍は、平安末期の武将・平維茂(たいらのこれもち)のことであるという。維茂は陸奥鎮守府将軍平繁盛の孫で、余五将軍と称した。平等寺の寺伝によれば、平等寺は987 年に維茂がこの地を流れる川底で黄金の薬師如来像を見つけ、その像を祀るために堂宇を建立したとされている。なお、維茂は、その晩年をこの地で過ごし、この杉付近に埋葬されたと伝えられ、会津藩士・保科正之が建てた「余五将軍平維茂墓碑」もあるが、碑文は風化して読めない。
 「将軍杉」の位置する阿賀野川峡谷は、トンネルの多い高速道・磐越道を通過するのではなく、自動車で清流と並走する国道を走れば交通量も少なく津川、西会津・野沢の古い街並みや四季折々の美しさも堪能できる。

     新潟大学名誉教授 鈴 木 郁 夫
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by meiboku | 2013-07-18 17:25 | 将軍杉