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高遠城址公園の桜 -長野県高遠町-

 長野県上伊那郡高遠町の中心部は、天竜川支流の三峰川と藤沢川の合流点付近に位置する。高遠の名称は中世以来の地名であり、高遠城はこの付近を支配していた高遠氏を破った武田信玄が、1547年に三峰川と藤沢川によって形成された段丘面に築城、両河川の流路を堀、段丘崖を城壁として利用した。江戸時代には保科、鳥居氏を経て、1691年以後内藤氏が城主として、高遠は上伊那地方の政治、経済の中心地として発展した。徳川6代将軍家宣の時代、大奥に仕えて権勢のあった絵島が、役者生島新五郎との恋を問われて流罪となり、没するまで28年間滞在するなど、町内には多くの史跡が残されている。明治に入ってからは、伊那地方の中心機能は天竜川本流沿いに展開するようになり、高遠はその地理的位置から時代にやや取り残された感がある。

 明治4年廃藩置県となり、翌5年高遠城の建物は民間に払い下げられた。そこで、旧藩士達が桜の馬場から城趾にタカトオコヒガンザクラを移植し、明治8年に城址公園となったと伝えられる。現在では樹齢135年を超える、約1,500本以上のサクラが咲く。その花形はややこぶりで赤みを帯び、遠望すると城趾がうっすらとピンク色に染まっているほどである。その規模、色合いから「天下第一の桜」と称されることもあり、長野県の天然記念物の指定を受けているほどである。このように高遠城址公園の桜はあまりにも有名であるが、筆者は隣接する町が出生地でありながら、南アルプス・仙丈ケ岳への登山のために高遠を通過することはあっても、下車する機会がなかった。大学を定年退職した年、岐阜県へ旅行した帰りに天竜川を北上、両親の墓参のついでに初めて高遠に寄った。三峰川にかかる高遠大橋を経て急な坂道を登ると、そこは桜特有な甘い香りのするコヒガンザクラの海であった。樹齢から考えて巨木ではないが、どこを見ても桜、桜---、花を一杯つけた枝が手が届くような低さまで伸びており、その下で多くの観光客が花見を楽しんでいた。あまりの見事さにうまく表現することはできないが、高遠の桜が「天下第一の桜」と賞される理由が少し解ったような気がした。
新潟大学名誉教授 鈴 木 郁 夫
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by meiboku | 2013-04-19 09:34 | 高遠の桜