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善養寺の影向(ようごう)の松 -東京都江戸川区-

 東京都23区は台地と低地からなり、著しく市街化が進んでいるにもかかわらず大切に保護された名木が各地に残されている。JR総武線小岩駅から繁華街を通り抜け、東南方向に約15分歩くと、江戸川の右岸堤防沿いに位置する善養寺(浄土真宗本願寺派)に達する
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 南西側の参道を歩いて山門をくぐると、本堂の前に堂々としたクロマツが枝を広げており、まずその大きさに度肝を抜かれる。推定樹齢 600年、樹髙 8 m、幹周り 4.5 m、地上2 m の高さで四方八方に枝をのばし、東西 30 m、南北28 m、繁茂面積 800 m2 にも及ぶ。下枝は切り払われているので、太い枝の下を歩くことができる。なお、名称の「影向」とは、国語辞典で調べると、仏語で神仏が仮の姿をとって、この世に現れることを言うとのことである。この松は、香川県志度町真覚寺の「岡野松」と名松日本一の座を争ってきたが、立行司木村庄之助の裁きのよって、双方「日本一の名松」とされ、引き分けとなった。影向の松は、小岩出身で、善養寺と縁のある第44代横綱栃錦(春日野親方、元日本相撲協会理事長)から東の横綱松に推挙されている。ところが、1992年に西の横綱松に推挙されていた「岡野松」は枯死してしまい、現在は枯死前に芽のついた枝が、農水省林木育種センタ-によって接ぎ木されてよみがえり、苗木5本が里帰りしているという。

境内には、栃錦像、横綱山、小岩不動尊があり、さらに西門の外側の一隅には天明3(1783)年の浅間山噴火の遭難者記念碑も建てられている。記念碑からは、浅間山の大噴火の後、江戸川の中州に流れ着いた多くの遺体を手厚く葬り、その13回忌に建てた供養碑であることが読み取られる。噴火によって、江戸川の水位が上昇、水は泥のようになり、根の付いた樹木、人家の材木・建具などの破片、人間・馬などの死骸などが切れ切れになって流れてきたという。これは浅間山は江戸からずいぶん離れているにもかかわらず、当時としては未曾有の大惨事であったことを物語っている。

 全国の名木を訪ねてみると、名木を大切に守ろうとする人々のやさしさが伝わり、また名木周辺で思わぬ発見もあり、それなりに楽しい。

 新潟大学名誉教授 鈴 木 郁 夫
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by meiboku | 2009-01-21 09:38 | 善養寺の影向(ようごう)の松