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高森の大ケヤキ -新潟市-

 越後平野は数千年前以降に形成された北北東-南南西に約76 km、西北西-東南東に約10~25 km、面積2,070㎞2 の広さを持つ平野である。更新世台地が発達する関東平野とは異なり、低湿な平野が大半を占める。越後平野は東西に位置する新第三紀層の向斜部が埋積されて形成され、それらのアウトラインを造り上げた構造運動は、現在、今後も継続するので、そのことを認識して土地利用計画を考えないといけないことになる。
 越後平野の海岸には、海岸線に平行する多くの新・旧砂丘・砂堆が見られ、それらは河川沿いの自然堤防とともに微高地で、高燥であることから、住宅地・工業用地などに選ばれてきた。それらの砂丘・砂堆列が、いつ頃形成されてきたかは、これまで考古学的遺跡・遺物の分布などから考えられてきたが、近年、鴨井ほか(2006)が砂丘と砂丘の間の低湿地から採取された植物遺物の年代測定をもとに、約 10 列におよぶ各砂丘の形成年代が推定されるようになった。
 前置きが長くなったが、阿賀野川右岸、新潟市東区高森に、周辺よりも約 12 m 高い丘(約5,000 年前に形成された砂丘)があり、東側から石段を登るとその頂部に高森薬師堂が祀られている。本殿の横に大ケヤキが堂々と直立しており、主幹上部は切断され、北側は腐食しているのが手当てがなされ、多数の衝立の柱などによって大切に保護されている。主幹の中・下部には大小のこぶがたくさん見られ、それだけでもかなりの樹齢を感じさせる。樹高 20 m、幹周り 10 m、推定樹齢 1,200 年、県指定天然記念物とのことである。本殿裏・南側の高森稲荷神社周辺には、保存樹としてケヤキ、エノキなどの巨木も見られる。高森は阿賀野川に近いので、これまで何回も水害を受けてきたが、砂丘頂部は高いこともあって、ダメージを受けることはなかったと思われる。高森という名称の起源も、この小高い砂丘と巨木に由来することは明らかである。この時期の大ケヤキは、北西からの激しい風雪と闘っていることであろう。     
                       新潟大学名誉教授 鈴 木 郁 夫
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by meiboku | 2014-03-18 14:13 | 高森の大ケヤキ