カテゴリ:木下のケヤキ( 1 )

 

木下のケヤキ -長野県箕輪町-

 伊那盆地は赤石山脈と木曽山脈にはさまれ、東西幅約10 kmに対して南北80 km と細長いので、一般に伊那谷と呼ばれる。箕輪町は天竜川沿いに展開する、伊那谷北部の静かな町である。町の中心は、広い段丘面がみられる天竜川の西岸に位置し、JR飯田線、国道153号は低位段丘2面(約2.5~3万年前)を、中央自動車道はそれより西側の低位段丘1面(約10~5万年前)を並走している。
e0119669_8525041.jpg
低位段丘1面に位置するJR飯田線の木下駅から北に約10分歩くと、線路近くの木下保育所の庭に、ケヤキの大木が堂々とした枝を広げている。推定樹齢1000年、樹髙25 m、枝張りは東西が30m、南北25 m、枝葉が被う面積は600 m2に及び、幹周り10.4 m、県指定の天然記念物である。地上10 m のところから数本の大枝に別れ、それがさらに無数の枝を大きく広げているので、半球形の樹冠が本当に美しい。

 この場所にはかつて芝宮御射宮司社(おしやぐうじしや)があったが、明治政府の村内神社統合政策によって、1909(明治42)年に木下駅そばの箕輪南宮神社へ合祀された。その際、御射宮司社の御神木であったケヤキは伐採されることなく、地元の人々から大切に保護されてきたという。この木の存在は、実は、私は60年以上も前から知っていた。それは父の生家のすぐ裏にあり、子どもの頃、父につれられて当地を訪れたときは保育所もなく、木の周辺の広場でよく遊んだからである。当時は、根元近くに大きな空洞もあり、樹勢に若干衰えも感じられたが、最近所用で当地を訪れる機会(2008.10.23)があり、久しぶりにケヤキに対面した。保育所に柵が造られたので、園児がいるときには自由にそばに近寄ることができないが、根元近くの空洞は手当され、施肥されたことなどにより、昔よりもはるかに旺盛であった。かつてのケヤキ周辺は人家も少なく、水田が広がり天竜川東岸も見渡せたが、現在は住宅が多く建ち、景観は一変した。箕輪町はケヤキを町の木に指定しているが、ケヤキ以外の巨木も多く残されている。全国の巨木を訪ねてみると、地元の人々によって大切に保護されているものが多く、このケヤキのように樹勢が旺盛である場合は嬉しくなるが、一方、長野県におけるケヤキの双璧と言われる飯山市木島の鳥出神社のケヤキは、近年、倒壊の危険が生じたために主幹を伐採している。  

 新潟大学名誉教授 鈴 木 郁 夫
[PR]

by meiboku | 2008-11-18 08:55 | 木下のケヤキ