苦竹(にがたけ)のイチョウ ~宮城県仙台市宮城野区~

 仙台市は「杜の都」と言われるだけあって、旧市街地は街路樹を含めて緑に溢れている。仙台市は第二次世界大戦末期に大規模な空襲を受け、市街地の大半を焼失した。そのために、戦後すぐに城下町時代の町割りを基にした復興計画が立てられ、中心市街地を複数の大通りが東西南北に走るような碁盤目状に都市計画がなされた。昔の武家屋敷には丁を、町屋には町を付して両者を区別したと言われる。中心部の道路名称は、戦後新設されたものを除くと、東一番丁通のように城下町起源の町名に由来するものが多い。

 仙台市は周辺市町村を吸収合併しつつ大きくなり、市制100周年に当たる1989年に政令指定都市に指定され、青葉、宮城野、若林、太白、泉の5行政区を設置する、面積 784 km2、人口103万(2006年)の大都市となった。人口の急激な増加に伴って、旧市街地周辺の丘陵は開発されて大規模な住宅地に変貌し、緑地を著しく減少させた。
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 苦竹のイチョウ(雌株)は仙石線と東北本線(貨物)に挟まれた、国立仙台病院前の道路をはさんだ一角、宮城野区銀杏町 7-36にある。このイチョウはかつて宮城野原と呼ばれていた地域の野守を勤めていた永野家の敷地にあり、横には宮城野八幡神社が祀られている。樹髙32m、幹周り8 m、推定樹齢1200年、国指定の天然記念物である。その巨大さに驚かされるが、現在でも樹勢は旺盛で、沢山の実をつけている。特徴的なことは、古いイチョウに共通するが、枝から垂れ下がった気根の多さであり、最大のものは周囲1.6m、長さが 3 mにもなり、その先端が地面に突き刺さって支柱のようになっている。このような多くの巨大な気根は乳房状に見えることから、古来、「乳イチョウ」、「姥イチョウ」などと呼ばれ、母乳不足の女性たちの信仰を集めたとのことである。イチョウのすぐ横に、仙台市の保存樹に指定された樹齢200年のケヤキの大木も立っている。なお、この付近の地名は苦竹であるが、天然記念物の指定を受けてからそれに因んで銀杏町となった。 宮城野原駅に近い銀杏町付近には、陸上競技場・サッカ-場・自転車競技場・プロ野球「楽天イ-グルス」のホ-ム球場などの運動公園、榴ヶ岡公園もあるが、仙石線沿いには活動度の高い「長町-利府線断層帯」が走っている。
  新潟大学名誉教授 鈴 木 郁 夫
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by meiboku | 2007-11-19 16:38  

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